事業開発見習い日記

東京でBDやってる人の日記

フルスタック・スタートアップ

Full stack startups | cdixon blog

Andreesseen HorowitzのGPのChris Dixonが、Full stack startupという概念を紹介している。Full stackとは、ソフトウェア開発の用語で、アプリケーションからインフラまで全部の要素を持つ、ということで、この場合は「既存企業に依存せずに、すべての要素を自前で持つスタートアップ」のことを指す。

F-1で言うところのフルワークス参戦みたいなものだ。

フルスタックアプローチを取るスタートアップの事例として、電気自動車のTesla Motor, アイウェアブランドのWarby Parker、タクシー配車のUber、髭剃りのHarry's、空調コントローラのNest、それからBuzzfeedやNetflixなどが挙げられている。

Chris Dixonによれば、多くのFull stack startupは、過去に同じ問題に取り組んだベンチャーの祖先を持つが、それらは、部分的なアプローチ(Partial stack)で挑んで、失敗したか、小さくまとまってしまっていた。

Partial stackアプローチは次のような特徴を持つ。

  • Bad product experience. Nest is great because of deep, Apple-like integration between software, hardware, design, services, etc, something they couldn’t have achieved licensing to Honeywell etc.
    (悪いUXをもたらす。Nestがすごいのはソフトウェア、ハードウェア、デザイン、サービスを深いレベルで統合するからである。)
  • Cultural resistance to new technologies. The media industry is notoriously slow to adopt new technologies, so Buzzfeed and Netflix are (mostly) bypassing them.
    (慣習的な新規技術への抵抗に遭う。例えばメディア産業はとにかく新技術の導入が遅い。BuzzfeedやNetflixは多くの部分でバイパスしている)
  • Unfavorable economics. Your slice of the stack might be quite valuable but without control of the end customer it’s very hard to get paid accordingly. 
    (経済条件の悪さに直面する。自社プロダクトは価値あるものなのだが、エンドユーザーへのコントロールを持たず、十分な収益を得られにくい。薄く入るだけだとマージンが低い)

 一方Full stackアプローチはこうかかれている。

The full stack approach lets you bypass industry incumbents, completely control the customer experience, and capture a greater portion of the economic benefits you provide.
(フルスタックアプローチは、既存業界の面倒なことをスキップし、UXを完全にコントロールをできる。そして経済的に収支が合う)

 だが、当然ながら、課題もある。

The challenge with the full stack approach is you need to get good at many different things: software, hardware, design, consumer marketing, supply chain management, sales, partnerships, regulation, etc. The good news is that if you can pull this off, it is very hard for competitors to replicate so many interlocking pieces.
(フルスタックアプローチの課題は、全ての要素で秀でていなければいけないことである。ソフトウェア、ハードウェア、デザイン、マーケティング、SCM、販売、提携、規制。もしうまく行けば、競合企業は、このような複雑に絡み合った体制をコピーすることは非常に難しい。)

こう書くと、経済学の教科書に出てきそうな、シンプルなバリューチェーンの垂直統合のようだが、そう簡単な話ではない。自前化すれば、コスト上のメリットが得られる、という類のものではない。

ここからは持論だが、何が違うのかといえば、フルスタックアプローチは、分業の連結ではなく、ひとつの統合されたワークフローだからだ。

日本語ではあまり話題になっていないのだが、Steve Jobsの90年台のインタビューの中で、エンジニアリングについて述べている。

There’s just a tremendous amount of craftsmanship in between a great idea and a great product. And as you evolve that great idea, it changes and grows. It never comes out like it starts because you learn a lot more as you get into the subtleties of it. And you also find there are tremendous tradeoffs that you have to make. There are just certain things you can’t make electrons do. There are certain things you can’t make plastic do. Or glass do. Or factories do. Or robots do.
(素晴らしいアイディアと素晴らしい製品の間には、膨大な職人的努力がある。アイディアを進化させるにつれて、それは変化するし、深くなる。当初のアイディアが形になることはまずない。それは、微細なところまで入り込み、深く学習するからだ。そしてやがて、作りたいものにはとてつものないトレードオフがいくつも存在することに気づくだろう。我々は電子にやらせられないことがある。プラスチックも、ガラスも、工場も、ロボットも。)

Designing a product is keeping five thousand things in your brain and fitting them all together in new and different ways to get what you want. And every day you discover something new that is a new problem or a new opportunity to fit these things together a little differently.
(製品をデザインするとは、いわば5000個の制約を頭のなかに詰め込み、やりたいことを実現するために、何とかして全部を調和させる作業である。毎日新しいことを発見するが、それは新しい課題になるかもしれないし、チャンスになるかもしれない。)

つまり、Full stack startupでは、ハードウェアの性能設計とソフトウェアの設計が並列におかれる。設計で逃げるところと法規制をロビイングして変えに行くことが、同じ俎上に乗る。実現したいデザインのために、OSのコア部分を大改修する。そういった決断が必要になる。

 

こんなことできる経営者って世界でもなかなかいないのだ。一人でやるのはほぼ不可能だが、専門家がよって集まればそれでいいってものでもない。だいたい、最先端に翻訳家なんていない。

 

日本語しか喋れない包丁職人とドイツ語しか喋れないシェフが一緒に最高のナイフをつくろうとしたら、誰が通訳するのか。そりゃ、研磨と溶接とドイツ料理と日本語とドイツ語が、かなり深くわかってる人でないとできないでしょう。でもそんな理想の通訳なんてどの会社あたっても連れてこれない。

 

結局は、専門家が他の専門を理解するしか、方法はないみたいだ。日本は総合職という不思議な制度によって、まず専門家が育たないから、ここまでの人材が育ちにくい。

ドイツに住んでたことがあって、料理が好き、位の人では、どちらの専門家にも信頼されないだろう。