事業開発見習い日記

東京でBDやってる人の日記

ブラックスワンと「新規事業開発」

ナシーム・ニコラス・タレブの書いたベストセラー、ブラック・スワンという書籍の中で「講釈の誤り」というアイディアが紹介されている。アマゾンのジェフ・ベゾスの本にも出てくる

インターネット業界のような、とにかく毎年市場に激変が走る業界の会社にとって陥ると致命的になってしまう罠を、的確に言い表している概念だったので、ここに紹介しておこう。実際にこういう悩みはいろんな会社の方から聞いたりする。特に大企業が多い。でも国や規模を問わない気がしている。参考になる人もあるだろう。

ブラック・スワンとは、名の通り黒い白鳥のことで、オーストラリアで20世紀に発見された。それまでは「白鳥は白い」という当たり前すぎる概念を根底から覆した事件だった。

本書が指摘するのは、その事件の特徴であり、現実社会で起こりうる類似する現象を指す。著者が「ブラック・スワン」的な現象だと呼ぶのは

  • 第一に、今まで観測できたことのない異常なこと
  • 第二に、起こることで非常にインパクトがあること
  • 第三に、起こった後には、誰でも簡単に説明できてしまうこと(!)

である。

そして「講釈の誤り」とは、人間が持っている「物事を単純化して理解してしまう」性質であり、複雑な現象に対して、考える次元を減らし、もっともらしい因果関係やストーリー(=講釈)を作って理解しようとする無意識のやっつけ的行動を指す。

・XXは幸せそうな夫婦生活を送っているように見えた。彼は奥さんを殺した

・XXは幸せそうな夫婦生活を送っているように見えた。彼は遺産を手に入れようとして、奥さんを殺した

前者は事実を並べただけで主張はない。後者は、理由付けがありイメージがわきやすい。「遺産を手に入れようとして、」という講釈は正しいとは限らないが、少なくとも記憶に残る。

奥さんを殺す理由は他にも考えられるが、何の理由が正しいかを証明するのは難しい。結局、「遺産を手に入れようとして」という仮説のもと、必要な裏付けを追い求め、見つかれば、そのような主張を「正しい」と感じられる。(追認の誤り、と本書で紹介されている)

 

こうして、

  • 本当は正しいかわからないがとりあえず単純化されて理解しやすい物語を、シンプルに「正しい」と感じてしまうことで物事の本質を見誤り(講釈の誤り)、
  • 物語に沿う事実を探して見つけてくることで、より確信を深め(追認の誤り)
  • その結果、想定はしていなかったけど、よくよく後から考えたら当たり前じゃん、てなるようなディスラプトが、当初無視していたところから起こる(ブラック・スワン

とされている。

 

こうした現象は、結構身近に潜んでいる。あり得そうな例を考えてみよう。

1.否定するのが最もリーズナブル

いつも企業の上層部は、新規技術や業界動向のキャッチアップが遅いということになっているものだ。確かにそういう話はよく聞く。うちの会社は幸いそんなことはないのだが、これはなぜ起こるのか。

それは、部下が選択的に情報を上げるからである。企業の求める「業界変化」は、直近で財務に影響を与える、現状の近似を延長したものであって、部下が、いくらインパクトがでかかったとしても、5年くらい先に影響をあたえるものを「これが来ます」と進言でもしたら、少なくとも「なぜ来るのか」と執拗にその理由を責められるだろう。ただ、それを正しいとする事実は当然ない。結果、答えに窮してしまい、「なんだ、テキトーに発言するな」とばかりに、その部下の信頼性が下がる、ことになってしまう。

少なくとも政治学を多少勉強した人間なら「これは来ません」とはっきり否定しておくべきだ。少なくとも新しい技術に関してなら、普及しないことを支持する数字は幸いなことに死ぬほど見つかる。非常に簡単である。「市場が小さい、コストが高い、使いたいという人がいない、こういう機能がない、犯罪が起きている、セキュリティが信頼できない」など、いくらでもある。無限に「理由付け」できる。

でも「来ることを証明できる事実がないことは、来ないと言っているわけではない。」 こういう見誤りは特に、長期間(5~10年間)にわたってものすごく大きなインパクトを与えるものについて、よく起こる。

今ならBitcoinとかが、そのあたりの題材だろう。昔だったら、iPhone, Facebook, Twitterだったかもしれない。

当時、iPhoneは、識者の中でも日本国内で売れて50万台、100万台という見方が大方だった。なぜなら赤外線通信とおサイフケータイが使えないから。

だが、来ないことを現在の事実で「証明」しても、あんまり意味がない。結局、思ってもみない形で普及したりしちゃうからだ。Bitcoinの基幹技術であるBlockchainだけが普及したりするかもしれないが、誰も考慮に入れていない。考慮にいれるほど理解してない。

また、Bitcoinがダメでも、次の仮想通貨が流行るかもしれない。それを作り上げる人たちはまあ確実にBitcoinに習熟したチームだ。それはチームの技術的優位になりうるし、非常にアイディアの実現能力・遂行能力が高いと評価されるはずだ。

でも、今からそんな可能性を考慮することは社内では全く求められてない。まずもって「妄想」「バカ」呼ばわりされるリスクが大きすぎる。

こうして「来ない」という簡便な物語を使ってしまう。

新規技術が来るかどうかなんてのは、占いのようなものではなくて、たくさんの勇気ある起業家やVCや為政者が、どうにかして新しい技術を普及させようと努力している、というのが現実である(そりゃ当たり前なのだが・・・)。流行るかどうかは、結構その業界全体のがんばりに依存している。

がんばりによって、変わらないと思われている法規制も変わる。少し流行ればカスタマーの意識も変わる。変数に置くのをついつい無視したくなるインフラコストや端末性能も変わる。全くカバーしていないクリティカルな基幹技術も出てくる。また、強力な提携が可能になるサービスも同時に立ち上がったりする。違う地域のアイディアが突然入ってくる(中国発、EU発など)

こういうところがブラック・スワンになりうる。

企業の大部分の意思決定層で、「XXが大きな市場らしい」となるのは、ベンチャーが数年潜った後に急成長する時である。検討部署が立ち上がるが、既に当該がんばってきたベンチャーは、ある程度Exitを視野に入れるような段階になっていて、話にならない。

この状態になると、第三の「後からなら、だれでもなんとでも言える」というやつになる。

急成長するタイミングで「XXの衝撃」みたいな日本語記事が出てしまって「知っているか、XXはすごいのだ」と社内で話題になったりするらしい。

たぶん、投資なり自主開発なり、対応を考えるなら時期が3~5年遅い。今メディアで話題になっているベンチャーは2009-2011年ごろ創業のものが多い。つまりその時期には構想/実験していたということだ。もっと言えば、2008-2010には基幹技術が学会で発表されていたりする。実は、遡れば準備時間は結構ある。Deep Learningは例えばまさにそんなタイムフレームだ。

ちなみに、電機メーカーの場合は、R&Dの現場は論文のところからカバーできてはいるのだが、製品開発と分断されていて、対事業部営業で同じ状況になる。推測するに、精度や性能を上げるものは採用されるが、既存の製品ラインを壊すような変化をもたらすものは少なくとも様子見となるのではないだろうか。

余談だが、ふつうは、堂々と「来ない」とスパッと言い切れる人が評価される傾向にある。上司の立場では、自分がわからないことに関しては、堂々と意見を言ってくれる人間ほど信頼ができる。こういう場合、言語情報より非言語情報が強い。「少なくとも裏がなさそうだ」と判断しやすいというガバナンス上の理由もある。

こうして、【サラリーマン的正解】=【講釈の誤り】がなりたってしまう。

これを防ぐには、単純化の誘惑と短期目線に負けないメンバーとマネージャーで戦略チームを構成するのが一番だが、そんなマネージャーが評価されるかどうかはわからない。マネージャーも誰かの部下だし、そんな長期の仕込みは残念ながら昇進に反映されないからだ。

結果的に大企業はメディアの外圧待ちになってしまうことが多い。最近ではけっこうテック系メディアも充実して和訳が早くなっているから、もしかしたらタイムラグは短くなっているのかもしれないが。

 

 

2.「フィージビリティ・スタディ」でないプロトタイプ

フィージビリティ・スタディ、と称して、限定機能や試験サービスをリリースすることはよくある。

でも、これも1個目のブラック・スワンが起こる理由と同じだけど、あくまで今の環境のもとに、その機能が流行るか試しているだけで、実験環境としては、不十分だったりする。

iPhoneが無い時代にTwitterのような「短いウェブログ」を実験した人は、筋は良かったかもしれないが、流行る証明にも流行らない証明にもならなかっただろう。

サーバコストが高くブロードバンド環境もオープンソースのライブラリも揃っていない時代にYoutubeをやろうとした大勢の人たちも、同じである。

オンラインユーザーが少なすぎて初期投資に耐え切れなかったウェブバンだってそうだ。(でも2014年に注目を浴びたのはこういう領域である)

いずれも、本気でベンチャーとしてやるなら非常に価値あるトライなのだが、F/Sでやって可能性を検証するといっているなら設計段階ですでに大きなミスを犯していることになる。

 

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じゃあどういう姿勢で挑めばいいんだろうか。それは、過去や他分野から「できるだけ深く学び」「できるだけ多く学び」「できるだけ機動的に」「自分の信じるところのものを最高のクオリティで作る」しかない。たぶん。

時流は読めるだけ読む、でもあとは信じて作る。どうしても自分でカバーできなかったところだけが、運に任せてしょうがないところ、という割り切りをするんじゃないだろうか。たぶん。

こういうトライを促進できたら、きっとすごくいい会社だと思う。つまり「読めるだけ読む」ための色んな専門家が揃っていて「信じて作ってみる」ような姿勢を促進する社風があって、「最高のクオリティで作る」ための優秀なプロダクトチームがいるというような。

でも日本に住んでる人だけでも、面白い人もいっぱいいると思う。1箇所にまとまればいいんだけど。

Amazon.co.jp: ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質: ナシーム・ニコラス・タレブ, 望月 衛: 本